元警察本部警察官が教えます!

元警察本部警察官の管理人が警察についてあれこれ書いています。他にも法律、裁判、福祉等についても少々!

「日常とは?」貴方の日常を形成している人達に感謝の言葉を。

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1、日常とは?

「日常とはなんですか?」

 このことを考えたことはありますか?

 

 物事の定義や概念を考えるときには、【視点】と言うモノが大きく影響を与えます。

 そのため、どのような視点で考えるかによっては大きく違ってきます。

 

 今回は私の経験則からの視点【日常】を見たいと思います。

 

 

2、新聞奨学生

 私は大学生の時に新聞奨学金を貰いながら大学に通っていました。

 知らない人のために大雑把な概要を説明します。

 

<奨学金、良い部分等の内容(4年制の場合)>

◎、学費全額支給

◎、奨学金の返済ほぼ不要

◎、寮費無料 or 格安

◎、毎月の給料+ボーナスも支給

◎、4年間で海外旅行招待

◎、4年間でオーダーメイドスーツ

◎、就職時、希望者には新聞社社長からの書状発行

◎、公務員も含め、就職面接時に物凄く好印象

等々

 

 

<条件、悪い部分等の内容>

◎、住み込みで、朝刊夕刊等、常勤レベルに働く必要がある

◎、優先順位は【仕事>学業】

◎、朝早く、夕刊もあるので、睡眠時間や大学の授業履修に制限がある

◎、公私共に自由度が少ない

◎、客や街中の人から、人として扱ってもらえない場合がある

◎、4年間続けられないと今まで支給された額を全て返済

◎、常勤にも逃げる者が多いので急な勤務等尻拭いさせられることがある

等々。

 

 もっと詳しく生活環境や具体的に辛いと感じる場面等を知りたい貴方はこちらの記事をどうぞ!

 

www.policefuta.work

 

 

3、人として扱われない環境

 新聞奨学生の中で今回注目して欲しいのは

【人として扱ってもらえないときがある】

です。

 

 実際に

「このクソ野郎が!てめぇら言葉を理解するだけの猿のくせに」

と怒鳴られた経験もあります。

 

 午前5時までに配達指定の家へ午前5時01分に届けてしまったため、このように怒鳴られました。

 まだ慣れていない時でしたから、覚えた配達順路を変則的に配達できずに遅れてしまったんですね。

 

 これは分かりやすい一例ですが、4年もやっていれば他にも非人道的な暴言を吐かれるのは腐るほどされます。

 

 そんな環境の中で私は意識し過ぎてしまったことがあります。

「上司から怒鳴られたり、仕事自体が大変なのは仕方ないけれど、何で客から人として扱って貰えない程の理不尽な暴言を吐かれ続けないといけないんだ?」

と。

 

 貴方ならどうでしょうか?

 

 

4、CMとの出会い

 実はこのような新聞屋と似た職の人がいます。

 それが主婦です。

※ 主婦も青切符(司法書類)に記載できる職業となっています。

 

 当時悩んでいる時に”あるCM”が流れました。

 それはライオン株式会社の衣類洗剤トップのCM・・・だったと記憶しています。

 検索してもちょっと見つからないので、文だけの紹介でスミマセン。

 

 ある主婦がぼやくだけなのですが、大まかな内容としては

「私の家族にとって白いシャツは当たり前。真っ白じゃないと怒り出すんです。」

と言う内容。

 

 これを見た時に私の悩みが晴れました。

 

 

5、私が考え至った【日常】とは

 何故これだけで私の悩みが晴れたのか?

 それはこの言葉が私の疑問に答えをくれたからです。

 

「人はそこにあって当たり前と考えている物に手を伸ばしたとき、そこに”それ”がないと激怒するんだ」

と感じたんです。

 

 何故か?

 それがその人にとっての当たり前、日常だからです。

 手を伸ばした時に”それ”がない状態とは、つまり【当たり前】が存在しない非日常な異常事態と言うことです。

 

 つまり、その時点でその人にとっての【当たり前な日常】がストップしてしまうわけですね。

 

 人は非日常な状態気を張りますから、そこで感情をぶつける相手がいれば怒鳴ってしまう。

 まぁ理解できなくはないですよね。

 

 そして、このことを新聞屋に当てはめました。

 

 客にとってそこにあって当たり前な時間に、新聞がなければ客の当たり前な日常が破壊されるわけです。

 

 そしてそこには新聞配達員と言う、感情をぶつける対象がいるのですから、怒鳴るのも理解は出来ます。

(理解できるだけで、感情的に納得はできませんが)

 

 つまり、新聞屋とは、大勢の人々の日常を形成する仕事なんだと言うことですね。

 

 私が担当していた区域は朝刊だけで約400世帯でしたので、それだけの日常の一端を私一人だけで繋いでいるんだと感じました。

 

 これは物凄いことのように感じました。

 そこからは一軒一軒にとても思い入れが強くなり、恐らく15年以上経った今でも当時の家になら配達できると思います。

 

 

6、日常を形成する仕事

 そこからは【日常を形成する仕事】と言うモノに目が行くようになります。

 

<警察>

 これも私の視点から見たら、まさに新聞屋と似ています。

 警察と言う存在がいるだけで、何もしていなくたって抑止力が働いており、当たり前に平和な日常が送れている人が沢山います。

 

 だから、その当たり前が事件や事故等で少しでも壊れた時、凄い暴言や非難が警察に集まります。

「警察は動かない」

「税金泥棒!仕事しろ」

等々。

 

 私からすればそれは理解できますし、新聞屋時代の方が扱われ方はもっと酷かったですね。

 

 

<福祉>

 これは自律支援の職業です。

 病気や障害等を負った人の、【失った当たり前】部分を介助にて補う仕事ですからね。

 

 利用者に【当たり前な日常を提供する仕事】と理念に掲げている施設もあります。

 

 余談にはなりますが、私のこの視線による概念だと福祉は【自立】ではなく【自律】を支援する仕事です。

 

 この【自立】【自律】の違いは介護福祉士の教本の最初に載っています。

 福祉概念での【尊厳】と言う部分の根幹になる重要な概念だからですね。

 

 しかし、福祉学校の生徒だけではなく、教師まで【自立】と言う言葉を使っている事が多く違和感を持ったりします。

 

 

7、私が考える最も大変な仕事

 当時も今も、私が考える

「最も大変な仕事」

は変わりません。

 

 それは主婦です。

 

 新聞屋や警察、福祉職員等と共通して

【人の日常を形成する仕事】

です。

 

 人の、そこにあって当たり前を提供している仕事です。

 しかし、私の経験してきたそれらの仕事と主婦とには大きな違いがあります。

 

 それは、評価されにくい部分です。

 私の経験してきた職業は全て給料としてとか、同僚・上司等から褒められる等、評価はされます。

 

 では、主婦はどうでしょうか?

 誰から、どのように評価してもらえるでしょうか?

 

 勤め人ではないため、給料があるわけではないので、評価としては家族からの感謝の言葉だと思います。

 

 しかし、実際どうでしょうか?

 家族から感謝の言葉をキチンと言われている主婦がどれほどいるでしょうか?

 

 私が知る限りではほとんどいません。

 人の当たり前の日常を提供している因果か、気付いて貰えないわけですね。

 

 気付いてもらえなければ感謝の言葉は貰えません。

 そのため頑張っている主婦のほとんどは感謝の言葉と言う評価が貰えていないんですね。

 

 仕事をキチンとしているのに、自分を見てもらえず、評価を一切貰えないのはとても辛いことです。

 

 この辛さは、自分の人間として生きている存在意義を失ってしまうレベルでの辛さです。

 

 だから、私の視点では一番辛く、大変な仕事は主婦なんです。

 

 感謝の言葉、適切な評価は満足行くお金を貰うのと同等、又はそれ以上に感情が高揚するとの研究もあるほどです。

 

 

8、最後に

 私の記事を読み終えた今、貴方の【当たり前の日常】の中に誰がいるのかを考えてみて下さい。

 

 一緒にいると楽しいと感じる友人ですか?

 笑顔を向けてくれる職場の異性ですか?

 話がいつまでも尽きない趣味仲間ですか?

 

 その人達は私の視点での日常を形成してくれている人達ではありません。

 貴方の当たり前な日常を形成してくれている人は、普段意識もせず、蔑ろにしがちな身近な人のことだと思います。

 

 貴方が毎日激怒しないでいられるのは、その人のお陰です。

 もしも毎日激怒する環境にあったら、貴方の心身はもう既にボロボロだと思います。

 

 この機会に貴方の日常を形成してくれている人達に目を向け、感謝の言葉をキチンと伝えてみてはいかがでしょうか?

 

 人はキチンとにしないと評価として実感できません。

 

「心では本当に感謝している」

とか言葉にせずプレゼントをするだけではダメです。

 

 キチンと言葉にして伝えて下さい。

 

 万が一

「言葉なんてどうでも良いからプレゼントを頂戴」

と言われた場合、それは貴方がその人を普段から蔑ろにし過ぎているだけです。

 

「もう貴方なんかに何も期待していないから。見切っているから、どうでもいいよ。物をよこせ」

と思われてしまっている可能性があります。

 

 それは貴方のせいです。

 そのまま放置してしまったら定年後を覚悟しましょう。

 それが嫌なら関係修復のためにも、心を入れ替えましょう。

 

「ありがとう」

感謝の言葉を言えない人は、自分自身も言われ慣れていないんです。

 

 だから自分を見てくれる、友人や職場の異性や趣味仲間に走りやすいんですね。

 

 意識していないかもしれませんが、感謝の言葉を身近な人達に言えない貴方も

「ありがとう」

に飢えているんですね。

 

 お互いに

「ありがとう」

の言葉が欲しい者同士が身近にいるだけです。

 上手くいかないはずがないんです。

 

 そして最後に、こんなに長い私の記事を読んでいただき有難うございます。

 

 

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